【偏差値76】筑波大学附属高校
〒112-0012
東京都文京区大塚1-9-1
電話:03-3941-7176
FAX:03-3943-0848
最寄駅 [編集]
東京地下鉄有楽町線護国寺駅徒歩7分
東京地下鉄丸ノ内線茗荷谷駅徒歩10分
筑波大学附属中学校・高等学校(つくばだいがくふぞくちゅうがっこう・こうとうがっこう、Junior and Senior High School at Otsuka, University of Tsukuba)は、東京都文京区大塚にある国立中学校・高等学校。通称は「筑附」(つくふ)。
概要
120年以上の歴史を有する首都圏有数の進学校。都立全盛の頃より、東大合格者数上位十傑に名を連ねる常連である。中学校、高校ともに入学を受け入れている。また、中学と高校は中高一貫ではなく、内部試験(一般入試とは異なる)があり、男女ともども80%ずつが進学できる。附属校であるが、筑波大学への特別な内部進学枠は存在していない。中学校には制服があり、男子は、学習院中等科・高等科や巣鴨中学校・高等学校のものと似た、旧海軍兵学校(現・海上自衛隊幹部候補生学校)学生服型(ネイビーブルー。セーラー服同様に着丈が短く、詰襟で前合わせもホック留め、前合わせ・襟・袖に黒の蛇腹リボン装飾の上着。昔の海軍士官型でもある。日本海海戦の写真参照)、女子はセーラー服(こちらを参照)である。男子の制服には帽子もあるが現在着用は自由であり、かぶっている者は皆無に等しい。かつては登下校時、校門および守衛所を通る際に脱帽し、帽子を脇に抱えて礼をすることになっていた。高校もかつては中学と同じ制服があったが、1970年(昭和45年)2月に生徒自治会および教員委員会の決定によって服装既定が廃止され、現在は私服である。中学は「強く、正しく、朗らかに」を、高校は「自主、自律、自由」をそれぞれモットーにおく。 そのモットー通り、昭和の一時期まではオートバイや自動車での通学も許可されていた。現役生は、自校のことを「筑附」・「筑波」と称するが、各界で活躍している卒業生は、まだ東京教育大学附属高等学校時代の人が多いので、卒業すると、単に「附属」と呼ぶことが多い。高校では現役生・卒業生ともに、何回生かで自己紹介をする。在学する三年間クラス替えは行われないので「○○回の○組」で通じる。また、卒業生は、「○○回」ということで、卒業年度を表す。2009年度の高校1年生は「120回生」、高校3年生は「118回生」である。 2008年10月10日には、創立120周年記念式典が催された。
高等学校
1896年より毎年6月の第一土曜日に行われている、学習院高等科および学習院女子高等科との総合定期戦は、筑附では「院戦」、学習院では「附属戦」の名で親しまれている。(但しボート競技は4?5月に行われる。)また、1920年に初めて行われた東京開成中学校(現・開成中・高)とのボートレース(通称「開成レース」)は現在も行われ、日本で最も歴史を持つ対校ボートレースだと言われている。2009年現在、筑附が42勝39敗と勝ち越している。伝統的な対校戦としては、戦前から行なわれている対神奈川県立湘南高等学校サッカ?部定期戦もある。 野球では、校名が東京高等師範学校附属中学校であった1946年(昭和21年)、全国中等学校野球大会(現・全国高等学校野球選手権大会)に、過去、私学が独占していた東京代表の座を国・公立として初めて奪い、出場しベスト4まで勝ち進んだ。さらに同年の国体でも準優勝している。また、毎年9月には2008年度で52回目を迎えた文化祭、「桐陰祭」が2日間に渡り開催される(ひとつの節目であった2006年度第50回桐陰祭のサイトはこちら…各局紹介、写真等)。1999年9月11・12日実施の第43回桐陰祭より、校舎の壁には毎年全校生徒で作り上げるモザイクアートが掲げられる。初回のモザイクアート(タイタニック)と初実施に関する桐陰祭実行委員企画局局長のレポートはこちら。1年次の夏には長野県の蓼科高原(立科町)にある、高校所有の「桐陰寮」へクラスごとに3泊4日の合宿に行き、蓼科山に登る。2年次の11月に行われる修学旅行の行き先は、大体京都または沖縄である。2007年度は、同校史上初のシンガポールへの海外修学旅行となった。2008、2009年度はまた沖縄になっている。
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